「国の看板」でビジネス

02買われた記事

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シリーズ「買われた記事」

  1. 010 広告面指定
  2. 09 報酬を得た「記事」に医薬品名、「時間差」で広告
  3. 08 共同通信、「対価を伴う一般記事を廃止」
  4. 07 医学論文にも利用されていた
  5. 06 電通の「見直し」と消えた組織
  1. 05 20年前には始まっていた
  2. 04 共同通信からの「おわび」
  3. 03 命にかかわる記事は載りやすい
  4. 02 「国の看板」でビジネス
  5. 01 電通グループからの「成功報酬」

人の命にかかわる薬を扱った記事でカネが動いていた

掲載されたのは脳梗塞(のうこうそく)を予防する「抗凝固薬(こう・ぎょうこやく)」に関する記事だ。効き目が強すぎると脳内で出血し、死に至ることもある難しい薬だ。因果関係は不明なものの数百件の死亡事例が公的機関に報告されている。

関与していたのは、電通グループと共同通信グループだ

記事を書いた一般社団法人共同通信社(共同通信)の編集委員(65)は、私たちの取材に対し営業案件だったとの認識を「持っていたといわざるを得ない」と答えた。「営業案件」とは、金銭が絡むビジネス案件という意味だ。記事は、「PR」や「広告」といった表記が一切ないまま配信され、地方紙8紙に掲載された

この編集委員が記事の下敷きにしたのは、「健康日本21推進フォーラム」という団体が作成した報道用資料だった。共同通信の100%子会社、株式会社共同通信社(KK共同)の医療情報センター長が電通側から売り込まれたものだ。センター長がそう証言する。

この「健康日本21推進フォーラム」という団体は、電通の100%子会社である電通パブリックリレーションズ(電通PR)が事務局を務めている。

団体名にある「健康日本21」は厚生労働省が主導する国民運動だ。電通PRは「国の看板」をビジネスに使っていたことになる

私たちは、2017年 2月1日に以下のような問いを投げかけて、特集をスタートした。

再度これを掲げ、この回では「健康日本21推進フォーラム」の実態に迫っていく。

命にかかわる薬の記事をめぐってカネが動いていた。

記事がカネで買われていたことにならないのだろうか。

人の命をどう考えるのか――。広告とは、PRの仕事とは何か。そして、ジャーナリズムとは。

このシリーズを通じ、患者やその家族の皆さんと一緒にこの問いを考えていきたい。

【動画】特集・調査報道ジャーナリズム 「買われた記事」

記事掲載までの流れ(C)Waseda Chronicle/Makoto Watanabe

顧客企業の「メリット重要」

私たちの手元に、電通PRの社内リポート合併号(2017年1月、2016年12月) がある。

A4判で計7ページ(表紙を含む)。「健康関連調査に、ひと工夫を 国民健康運動『健康日本21』の活用を」と題され、「健康日本21推進フォーラム」が実施する調査の概要や目的、そしてその活用法を社員向けに紹介している。リポートの冒頭には「『健康』は不変の強力コンテンツ」のタイトルが掲げられている。

電通PRの社内リポート。「『健康』は不変の強力コンテンツ」と書かれている(写真は一部加工しています)

以下、社内リポートから抜粋する。太字とカッコ内はワセダクロニクル。

――健康に対する関心は衰えることなく、毎日、メディアを通じてさまざまな健康関連情報が発信されています。なかでも健康に関する調査は、1年間に約1000件以上も実施され、報道されています。健康関連の調査結果は、昔から変わらない不変のPRコンテンツなのです。

――調査結果をもとに発信するコンテンツは、国が推進している健康支援のメッセージに合わせることで、調査結果に新たな価値が生まれます。一企業の取り組みが、国が推進する健康運動を支援・準拠した、より意識の高い取り組みとしてアピールすることができるのです。

――どのような場面でも調査主体である自社(電通グループの顧客企業)にメリットが生じることが重要です。調査の中で製品を紹介することはできませんが、調査結果を見て、自社製品が活用されるようになることを狙います

――調査結果を発信する際に、有識者のコメントがあると、報道されやすくなります。メディアにとって有識者のコメントはそのまま採用しやすいからです。

要するに電通PRは社員に対し、国の施策と有識者の権威を使って、顧客企業の製品を宣伝する「コツ」を伝えているのだ。

さらに社内リポートは、共同通信の編集委員が記事作成の下敷きにした報道用資料を、「うまく使っている」例として、挙げている。

シリーズの1回目でも触れたが、抗凝固薬は扱いが難しい薬だ。患者によっては、効かないと脳梗塞を起こし、効きすぎると脳内の出血が止まらなくなってしまう。

抗凝固薬をめぐっては、現場の医師らから数百件の死亡事例が、公的機関の医薬品医療機器総合機構(PMDA)に報告されている。服薬と死亡の因果関係は不明だが、製薬会社自身が「重篤な出血で死亡するおそれがある」と警告を出しているほどだ。

そんな命にかかわる薬の記事でカネが動いていたのである。このことを、当事者の患者やその家族はどう考えるだろうか。

記事は2013年に地方紙8紙に載った。8紙(朝刊)の発行部数の合計は180万部以上だ。

ここで、問題の記事が読者の目に触れるまでの流れを整理しておく。

  • (1)電通PRは、バイエル薬品の抗凝固薬の広報支援を目的に親会社の電通から仕事を請け負った
  • (2)電通PRが事務局を務める「健康日本21推進フォーラム」が抗凝固薬に関する調査を実施し、電通PRが調査結果の報道用資料をつくった。
  • (3)電通PRは、共同通信の100%子会社であるKK共同に報道用資料を使って記事の配信について相談し、KK共同の担当者は共同通信の編集委員に提案した
  • (4)編集委員は医師に取材することなく、報道用資料を下敷きにして記事を書いた。
  • (5)記事は地方紙に配信された。配信後、電通PRはKK共同に「媒体費」の名目で55万円を支払った。

電通関係者によると、「媒体費」とは新聞や雑誌、テレビなどの媒体で広告を掲載した場合に対価として支払う費用のことだ。掲載された地方紙の数にかかわらず、共同通信が配信したら支払われるという

カネは記事が配信されると支払われるが、配信されなければ支払われない。そのため関係者は私たちの取材に「成功報酬だった」と語った。

共同通信は、特集・調査報道ジャーナリズム「買われた記事」の1回目が掲載された2017年2月1日、ワセダクロニクルに対し、「ご指摘の記事は社団共同(共同通信)編集局が『報ずるに値する』と判断し、執筆して配信したものです」とする抗議文を送ってきた

しかし実態は「報ずるに値すると判断し」たとはとてもいえない。

まず、筆者の編集委員は、報道用資料の医師のコメントを本人に取材もせずそのまま使った。「〜と話している」という書き方で、まるで本人に取材したかのような表現だ。

さらに編集委員は、フォーラムの事務局を電通PRが担当していたことさえ知らなかった。インターネットを検索すれば、出てくるはずのものであるにもかかわらず。

これだけでなく、共同通信の抗議文やこれまでの回答には、私たちが把握している事実と大きく食い違う内容が含まれている。私たちはそれを、このシリーズを通じて明らかにしていく。

私たちは、「健康日本21推進フォーラム」の事務局長をしている電通PRの社員に会うことにした。

「国の看板」で製品の「活用を狙う」

2017年1月20日午前10時すぎ、事務局に電話した。

電話番号はホームページに記載されていた。フォーラムの住所は「東京都中央区銀座7丁目」のビルの7階にある。場所は共同通信や電通の近くだ。

白砂善之・事務局長に「フォーラムの資料の件でお話を伺いたい」と面会を申し入れ、午前11時に会う約束をした。

指定された場所はフォーラムの事務局ではなく、電通PRが入っている浜離宮三井ビルディングの1階だった。

そもそも「健康日本21推進フォーラム」とはどういう組織なのかーー。

共同通信の編集委員が記事執筆の下敷きにした報道用資料では次のように説明している。

「健康日本21推進フォーラムは、厚生労働省の策定した第3次国民健康づくり運動『健康日本21』(21世紀における国民健康づくり運動)を産業界から支援する目的で1999年に設立され、健康日本21推進全国連絡協議会の一員として活動する任意団体です」

要は、国の施策の「応援団」ということだ。

理事長は高久史麿・東京大学名誉教授。2004年から日本医学会の会長を務めている重鎮だ。理事には聖路加国際大学の学長だった井部俊子氏や、バレーボール元日本代表の三屋裕子氏といった著名人が並ぶ。

会員は「国民の健康問題に大きな関心を寄せ、本活動に賛同する企業」で、食品会社や製薬会社の名前がある。

白砂事務局長は、女性事務局員と2人で現れた。2人は電通PRで調査部に所属している。フォーラムの事務局と兼任だが、フォーラムの事務局には常駐しているわけではないという。ふだんは電通PRの自席で仕事をしており、給料も電通PRからしかもらっていない

電通PRの社内リポートを2人に示し、尋ねた。

――社内リポートには、「調査の中で製品を紹介することはできませんが、調査結果を見て、自社(顧客企業)製品が活用されることを狙います」と書かれていますね。

「はい、はい、はい、はい」

――電通PRが事務局をしていますが、国の施策を支援しているんですよという形をとって、その製品が活用されていくことを狙おうということですか?

「ギリギリの線という意味でいうと、商品名を直接いわないけども、その企業の社会貢献というかCSR活動の一環として、この(国の施策である)『健康日本21』の活動目標を支援しているよというのが狙いなんですよ」

――商品名を出さないんだけど、顧客企業の自社製品が活用されるようなことを狙います、そういうことですね。

「はい」

――なぜ電通PRが、フォーラムの事務局をしているのですか。

「フォーラムは元々、うち(電通PR)がつくったみたいなものですから。調査をしたりセミナーを開いたりといった作業は全部電通PRに頼むということになっています。(電通PRと)フォーラムとの間で契約書みたいなものがあるんですよ」

――抗凝固薬についてのフォーラムの報道用資料は誰が書いたのですか。

「電通PRの担当者です」

社内リポートの4ページで紹介された報道用資料の一部(下)。同じページで国の施策を「うまく使っている」事例として紹介されている(上)

「だまされたな」

報道用資料に「所感」を寄せ、共同通信が配信した記事で「1日1回の服用で済む薬剤が登場し選択肢が増えている」というコメントを使われたのは、日本脳卒中協会理事長(当時)の山口武典医師だった。山口医師は事情を知っていたのだろうか。

2017年1月27日に、大阪府吹田市の国立循環器病研究センターの名誉総長室で山口医師に会い、疑問をぶつけた。

「所感」を寄せた抗凝固薬に関する調査の報道用資料は、電通PRがバイエル薬品の新薬の宣伝に活用するためのものだったことを知っているのか。そもそも電通グループが顧客企業の製品を宣伝するために、「国の看板」を掲げるフォーラムを使っていることを知っているのかーー。

山口医師の答えは「知らなかった」。私たちの取材に驚いたようだった。

山口医師がもっとも驚いたのが、電通PRの社内リポートにあった「一企業の取り組みが、国が推進する健康運動を支援・準拠した、より意識の高い取り組みとしてアピールすることができる」「自社(顧客企業)製品が活用されるようになることを狙います」という記述だった。つまり、「国の看板」を利用して特定の企業の製品を宣伝する、という仕組みに驚いた。

「『健康日本21推進フォーラム』は、日本医学会の会長を務める高久先生という偉い人が理事長なので、信用していいんだろうなと思った。だまされたな」

バイエルホールディング広報本部医療用医薬品部門広報の三好那豊子部長は「バイエル薬品は電通関西支社に対して、心房細動患者さんが脳梗塞予防のために適切な医療を受けていただくための疾患啓発活動を依頼しましたが、当該取引内容の詳細については企業秘密のため、回答は控えさせていただきます」と回答した

いったいどうなっているのだろうか。

「理事長をやめたい」

では「健康日本21推進フォーラム」のトップ、理事長の高久史麿氏は実態を把握していたのか。高久氏は日本医学会会長を務める 医学界の重鎮だ。

2017年1月30日、東京都文京区にある日本医学会の会長室を訪れた。

【動画】日本医学会会長へのインタビュー

私たちが「フォーラムのことをお聞きしたい」と切り出すと、高久会長から意外な答えが返ってきた。

「理事長はもうやってないです。推進フォーラムは潰れたって話はまだ聞かないけども、会合が全然なくなっちゃったですね。自然消滅したんじゃないかな」

え、やってない? フォーラムのホームページには高久会長の名前が理事長としてはっきり載っていますよ

フォーラムが作成した抗凝固薬の報道用資料を高久会長に見せた。

資料を一読した高久会長はいった。

「確かにこれは(製薬会社の)バイエルの宣伝になりますね、明らかにね」

「(報道用資料に)勝手に僕の名前を使って。迷惑な話だ」

「(理事長を引き受けた時は)電通がね、半分ボランティア的にフォーラムの事務局をやるんだと思って、そんなに商売に利用するとは思わなかったですよ」

高久会長はそういって左胸から携帯電話を取り出し、私たちの目の前でフォーラム事務局に電話をかけた。電話は留守電になった。

ーー医療をテーマにした記事でカネが動き、記事として読者に届くことを、医学会長としてどう思いますか

「そういうことは、非常に問題だということ、声明出すことはできますよ。ただ、それをやってるのが僕が理事長のところ。そうすると、自分がやってることにけしからんということになっちゃう」

高久会長は、理事長職をやめる、と語った。そのための内容証明郵便の出し方を私たちに尋ね、「翌日にも発送する」といった。

「フォーラムが特定の薬品を推薦している。理事長の私も知らないことで責任とれないから、理事長をやめさせてくれっていう」

会長室を引き上げる際、高久会長はもらした。

「電通も、ひどいねえ……」

翌日、高久会長からワセダクロニクル編集長にメールがきた。

ほかの理事からもう少し様子をみるようにいわれ、今すぐの辞表提出は思いとどまったという。

=つづく。次回、

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