【二階の硝子窓】ヨーロッパの医療機器業界でも注目を集める利益相反問題

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谷本 哲也 (ワセダクロニクル・コラムニスト / 内科医)

 

筆者ら日本人医師グループは、世界をリードする医学総合誌の一つランセット誌において、医療機器業界における利益相反問題に関する提言を書簡(correspondence)にて行なった(2019年4月27日号)。そのタイトルは、「ヨーロッパでの医療機器に対する透明性(Transparency for medical devices in Europe)」だ(*1)。

ワセダクロニクルと筆者が所属する医療ガバナンス研究所が共同で構築したマネーデータベース「製薬会社と医師」や2019年4月発売の拙著『知ってはいけない薬のカラクリ』(小学館新書)では、製薬業界の利益相反問題を取り上げている。これと同じように、医療機器業界においても、医師との金銭的利害関係に関する透明性をさらに高めるべきことを主張した点が掲載を決める上で評価されたと考えている。

議論のきっかけは、医療政策に関する論文、「ヨーロッパでの医療機器に対する臨床的エビデンスの透明性を高める必要性(The need for transparency of clinical evidence for medical devices in Europe)」(2018年8月11日号)が同誌に掲載されたことだ(*2)。

患者にとっては、薬であろうが医療機器であろうが、一定のレベル以上の有効性や安全性が必要になる点は変わりないはずだ。

ところが、製薬業界に比べると、医療機器業界の取り組みは遅れる傾向にある。

先進国の医療現場で医薬品が使用されるようになるには、当該国の規制当局において、有効性や安全性の評価が行われた上での製造販売承認の取得が必須である。これは、医療機器の製造販売承認でも同様だ。薬や医療機器が、十分な有効性がないのに無駄に使用されたり、安全性に問題があって患者が不必要な危険性に曝されたりすることを防ぐための仕組みとして、欧米や日本などで取り入れられている。

特に、人体に使用した場合のデータは「臨床的エビデンス」と呼ばれ、有効性や安全性を評価する上で、現代医療には無くてはならないものだ。

ところがヨーロッパの医療機器行政においては、不十分な臨床的エビデンスで医療機器が承認されていたり、そもそもどのような臨床的エビデンスがあるのか、きちんと公開されていなかったり、という問題があった。つまり、臨床的エビデンスを取り巻く環境が、医薬品に比べ医療機器では未成熟だったのだ。

そのような状態になっている原因を読み解くポイントの一つは、医薬品と医療機器の市場規模の違いだ。世界の医薬品市場は100兆円以上、日本でも近年は10兆円を超えている。一方、医療機器は、世界でも日本でもその3分の1に届くかどうか程度の市場規模だ。地域別シェアは、米国が最大で世界の4割程度を占め、ヨーロッパは3割程度、日本は1割弱である。企業の規模も、製薬業界では世界上位のロシュ、ファイザー、ノバルティスが5兆円を超える年間売上高を持つが、医療機器業界はそれよりも小さく、世界首位のメドトロニックでようやく3兆円規模となっている。

市場規模が小さいこともあり、医療機器の臨床的エビデンスが作り難いことが、医薬品に比べ医療機器の規制が緩やかであることの言い訳となっていた。

上記の医療政策に関する論文では、この状況を改善するための様々な方策が議論されている。

EUでは2017年に新たな法律が制定されており、医療機器に関する規制を強化し、特に臨床的エビデンスに関する透明性を高め、医療関係者や患者が様々な情報に容易にアクセス出来るよう体制が整えられつつある。この論文を読んで我々が着目したのは、利益相反、すなわち、医療機器業界における医師との金銭的利害関係に関する論点が抜け落ちていたことだ。

医療界と産業界の適切な結びつきは、医学・医療の発展には不可欠だ。病を持つ患者のために、薬や医療機器を効果的に用いるには、医師だけでなく製薬企業や医療機器メーカーの力が必須である。かといって、結びつきが度を過ぎると癒着になる。

医師が患者よりも産業界の経済的利益を優先してしまう危険性が世界中で大きな問題となっており、利益相反の適切な管理は、21世紀の医療界の喫緊の課題である。

実際、1999年にアメリカで患者死亡事故を起こしたゲルシンガー事件では、医師の利益相反状態が広く注目される契機となった。利益相反の管理で世界の最先端を行くアメリカでは、2010年に医師の支払いにおけるサンシャイン条項(Physician Payments Sunshine Act)が制定された。その結果、製薬企業や医療機器メーカーなどからの医師や教育病院への支払いはすべからく政府機関へ報告され、誰でも自由に閲覧できる検索サイトで公開することで透明性を高めるという体制が整えられた(*3)。

このような利益相反の管理に関するアメリカの動きは、日本やヨーロッパへも遅れてではあるが、徐々に波及しつつある。

医薬品に関しては、ワセダクロニクルと医療ガバナンス研究所がデータベースを作成した。ヨーロッパでもドイツの名門誌デア・シュピーゲルが同様のデータベースの作成に取り組んだ。しかし、まだ世界各国での利益相反の透明化に関わる取り組みは、発展途上の段階にある。

医療機器における利益相反の透明化に関する取り組みは、残念ながらヨーロッパも日本も、医薬品のそれよりも遅れているのが実情だ。アメリカのような網羅的なデータベース作成と公開は進んでいない。日本では、一般社団法人日本医療機器産業連合会が企業倫理・プロモーションコード・透明性ガイドラインを策定しているものの、利益相反の透明化は製薬企業と同じく各社の自主的な取り組みに任されており、誰もがデータを容易に入手出来る状況にはなく、今後もすぐには難しいだろう(*4)。

このような状況を憂慮し、製薬業界のみならず医療機器業界においても、ヨーロッパや日本で利益相反の透明化に取り組むべきだと論じたのが、冒頭でご紹介した筆者らの書簡の内容である。筆者らが、このランセットへの原稿を投稿したのは2018年8月だが、同年11月に国際探査ジャーナリスト連合(ICIJ: International Consortium of Investigative Journalists)により驚くべきレポートが発表された(*5, *6, *7)。

ICIJの調査によると、不具合のある様々な医療機器が世界中で使用されており、過去10年にアメリカの規制当局に報告された医療機器の不具合による被害の可能性は、累計170万件以上、8万3千人の死亡に及ぶことが明らかにされたのだ。同時に、ICIJは、医療機器の不具合に関する情報を独自にデータベース化し、誰でも検索可能なシステムを構築している(*8)。

不具合のある医療機器で被害が世界中に広がった原因の一つは、ヨーロッパにおける規制が甘かったためだと目されている。ヨーロッパで医療機器として認証されれば、他の途上国ではそのまま使用される場合もあるからだ。

独自の規制の仕組みを持つアメリカや日本では多少状況が異なるが、求められる臨床的エビデンスについては、医薬品に比べ医療機器でハードルが低いことには変わりがない。医療界もグローバル化しており、ヨーロッパの医療機器の問題は、日本でも対岸の火事では済まないかもしれない。アメリカでも、医療機器業界からの盛んなロビー活動とトランプ政権の方針も相まって、不十分な臨床的エビデンスに基づく医療機器の承認が増えているようだ。実際、2019年4月にはアメリカで修復手術用のメッシュが販売停止措置とされ、日本の手術への影響も懸念される事態が生じている(*9)。

医療機器の規制だけでなく、それを患者に使うかどうか最終的に決める医師側の問題もある。ワセダクロニクルでは、製薬業界と医療業界の金銭的関係に切り込む「製薬マネーと医師」の特集を続けているが、同じ問題が「医療機器マネーと医師」として存在することに注意が必要だ。

例えばアメリカでは、医療機器業界で最大手のメドトロニックから、200億円近くが医療業界へ謝金などで流れ込んでいる(6)。日本でも、同社から日本の医療界へ多額の資金が支払われており、奨学寄付金で約6億円、講師謝金やコンサルティング料などで約6億円、講演会費で約13億円、という具合に、医療機器の販売促進・広告宣伝費も兼ねた利益相反関係が、同社と医師との間に存在している(*10)。数ある他の医療機器メーカーも、この状況に変わりはない。

もう一つのワセダクロニクルによる特集、「検証東大病院 封印した死」では、医療機器メーカーのアボットと東大病院の医師たちとの利益相反関係も、今後注目される論点の一つになるだろう。この事件が、「日本版ゲルシンガー事件」となる可能性もあるのだ。

今回、筆者らがランセットで発表した医療機器業界における利益相反問題に関する提言が、少しでも今後の議論の成熟に貢献し、世界の患者に役立つことを願っている。

〈脚注〉

*1 Tanimoto T, et al. Transparency for medical devices in Europe. Lancet 2019 Apr 27;393(10182):1693.

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(18)33049-6/fulltext

*2 Fraser AG, et al. The need for transparency of clinical evidence for medical devices in Europe. Lancet 2018; 392: 521-30.

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(18)31270-4/fulltext

*3 OpenPaymentsData.CMS.gov

https://openpaymentsdata.cms.gov

(アクセス日:2019年5月9日)

*4 一般社団法人日本医療機器産業連合会 企業倫理・プロモーションコード・透明性ガイドライン

http://www.jfmda.gr.jp/promotioncode/

(アクセス日:2019年5月9日)

*5 飯島健太、軽部理人 埋め込み型医療機器の不具合、データベース化 ICIJ 朝日新聞 2018年11月26日

https://www.asahi.com/articles/ASLCR54F5LCRUHBI00P.html

アクセス日:2019年5月9日)

*6 ICIJ, International Consortium of Investigative Journalists. Medical devices harm patients worldwide as governments fail on safety. 2018年11月25日

https://www.icij.org/investigations/implant-files/medical-devices-harm-patients-worldwide-as-governments-fail-on-safety/

(アクセス日:2019年5月9日)

*7 ICIJ, Lessons from inside the implants file.  2019年5月6日

https://www.icij.org/investigations/implant-files/lessons-from-inside-the-implant-files/

(アクセス日:2019年5月9日)

*8 ICIJ, International Consortium of Investigative Journalists. International Medical Devices Database.

https://medicaldevices.icij.org

(アクセス日:2019年5月9日)

*9 Holt E. US FDA manufacturers to stop mesh devices. Lancet. 2019 Apr 27;393(10182):1686.

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(19)30938-9/fulltext

(アクセス日:2019年5月9日)

*10 日本メドトロニック株式会社・メドトロニックソファモアダネック株式会社・コヴィディエンジャパン株式会社 透明性ガイドラインに基づく情報公開 2018年4月期

https://transparency.jp/dg7y2tsz/?year=2018

(アクセス日:2019年5月9日)

◉ 谷本 哲也 (たにもと・てつや): 内科医師。MRIC Global 編集委員. ナビタスクリニック立川(東京都立川市)、ときわ会常磐病院(福島県いわき市)、 霞クリニック・株式会社エムネス(広島県広島市)、 特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所所属。日本内科学会総合内科専門医、日本血液学会専門医・指導医。1972年生まれ、鳥取県出身。1997年九州大学医学部卒業後、内科医師として宮崎県立宮崎病院、国立がんセンター中央病院、松山赤十字病院、九州大学病院、鳥取大学病院等で勤務。2007~2012年。PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)審査専門員。2012年より分野横断的に英文医学誌への掲載を目指す谷本勉強会を開始。その成果を『NEJM(ニューイングランド医学誌)』『JAMA(米国医師会雑誌)』『ランセット』『ネイチャー』等に発表している。著書に「生涯論文! 忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂、2019年)、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館、2019年)がある。ワセダクロニクルのコラムニストでもある。コラムニストとしての記事は「【二階の硝子窓】国の審議会にも注入される驚きの製薬マネー」。

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