一口100円、「愛の十万人運動」 【連載レポート】強制不妊(8)

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「愛の十万人運動」を紹介する新聞記事や書籍

 

1957年に「優生手術の徹底」を掲げる宮城県精神薄弱児福祉協会が発足した。

役員には、NHKの経営委員と宮城県肢体不自由児協会会長を兼ね、「善行の人」(*1)として知られた岩本正樹が入った(*2)。岩本のほかにも、福祉団体や学校現場で障がいを持った子どもたちと向き合ってきた人たちが名を連ねている。

福祉協会は発足するとすぐに、ある運動を始めた。

「愛の十万人運動」

これがそのキャッチフレーズだ。

「精神薄弱児をしあわせに」(*3)と、県民から広く資金を集めることをうたった。強制不妊手術の「徹底」を掲げ、彼らはいったい何を目標としていたのか。

福祉協会の趣意書には「県民の下からもり上った愛の運動として、純然たる民間の協力でやり遂げたいと思うのです」と書かれている。

ちょうど高度成長期に突入した時期で、県民も豊かになりつつあった。

ソ連の人工衛星スプートニク 1号の打ち上げが成功。NHKと日本テレビがカラーテレビの実験局を開局した。フランク永井の「有楽町で逢いましょう」が大ヒットし、川島雄三の映画『幕末太陽伝』が公開された。1957年はそんな年だった。

福祉協会は、「愛の十万人運動」を通じて、強制不妊手術の「徹底」と、「精神薄弱児」の収容施設の建設を柱にすえた(*4)。施設の建設のためには資金が必要だった。

資金獲得の仕組みはこうだ。福祉協会の会員を県民から募り、会費を徴収する。

そのために、学校、PTA、婦人会、市町村など、あらゆる団体や組織を活用して会員を増やすことを目指した。

趣意書には「入会までのしくみ」がこう書いている。以下は原文のまま。

1 県の段階で、協会が設立しますと、

2 郡市毎に、市町村のすべての団体が集って支部ができ上ります。

3 各学校毎に、PTA総会か、または他の適当な会合をもって、この趣旨を話し合い、了解した上で、分会がつくられます。

4 それによって婦人会の方か、または他の適当な方々が、各戸をまわって入会をすすめます。

5 入会後、一口百円、何口入ることも自由です。一軒の家で、お祖母さまも、お母さまも、べつべつに入って下さることがありがたいことです。

6 初年度は入会の払込だけで会員となりますが、二年目からは、その家庭で何口入っていても、一家庭三〇円の会費をいただきます。

7 会員には機関誌、パンフレットを無料でくばり、また講演会、映画等の催をして趣旨の普及をはかります。

1口100円。当時の地元紙、河北新報の月額購読料は朝夕刊セットで390円だった(*5)。

「遺伝性精薄児はなくなります」ーー

県民向けに作成された趣意書にはそんな項目も掲げられていた。

「遺伝性精薄児への愛」を訴えながら、強制不妊手術の推進への賛同を求めている。「みんなの愛情のなかで精薄児がなくなる工夫」として掲げられたのが、強制不妊手術の「徹底」だった。

「県民のなかに、この問題に対する理解と愛情のなかで優生手術を徹底することができますから、遺伝性精薄児は生れてこないことになります」

「そうなれば、生活扶助の必要もなくなりますからこの方面にそそがれた税金は、国民全体のしあわせのために使われることになりましょう」

「ライ病という病気や、肺病という病気は、国民のみんながいやがった病気でした。しかし、国民の衛生思想のもり上りで、こういう病気は一年いちねん少くなってきました」

「わたくしたちも、馬鹿が、馬鹿がと、ケイベツしたり、あざけったりすることをしないで、みんなの愛情のなかで、この精薄児のなくなる工夫をしなければなりません」

福祉協会は、県内に支部を次々と作っていった。福祉協会の発足から9ヶ月間で17支部ができた(*6)。

いずれの支部も、事務局は、県の福祉事務所、公立小学校、教育委員会、県の出張所の民政課、社会福祉協議会などに置かれた(*7)。行政がかかわっていなければ不可能なことだ。「純然たる民間の協力」という看板を掲げつつ、裏では行政が「愛の十万人運動」を支えていたということだ。

石巻支部の事務局は、宮城県の石巻福祉事務所に置かれた(*8)。

飯塚淳子のことを県中央児童相談所に「家庭指導困難な状態にあるので、至急取計らい願います」と報告した、あの石巻福祉事務所だった(*9)。

淳子の知らないところで、「オール宮城」の面々が、強制不妊手術に向けて包囲網を作り上げていた。

(敬称略)

[おことわり] 文中には「精神薄弱」など差別的な言葉が含まれていますが、当時の状況を示すために原文資料で使用されている言葉をそのまま使用しました。

=つづく

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[脚注]

*1 宮城個人史図書館館主、瀬戸勝枝への取材、2018年3月3日午後2時から、電話で。

*2 宮城県精神薄弱児福祉協会「32年度事業報告書」、日本放送協会『NHK年鑑』1958-1964年、日本放送出版協会。

*3  宮城県精神薄弱児福祉協会「宮城県精神薄弱児福祉協会趣意書」。

*4 「愛の十万人運動」が掲げた項目は四つあり、強制不妊手術の「徹底」は「優生思想の普及」の項目の中に盛り込まれている。他には、「特殊学級(現在の特別支援学級)の増設」も項目にすえられた。

*5 1959年4月1日現在。出典:創刊百周年記念事業委員会『河北新報の百年』河北新報社、1997年、703頁。

*6 宮城県精神薄弱児福祉協会「事業概要」1958年。

*7 宮城県精神薄弱児福祉協会「32年度事業報告書」。

*8 石巻支部は1957年7月16日に設立。出典:宮城県精神薄弱児福祉協会「32年度事業報告書」。

*9 詳しくは第3話「福祉事務所の報告」(http://www.wasedachronicle.org/articles/d6/)を参照。

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