新治療の実績づくりに躍起 ーー検証 東大病院 封印した死(2)

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もし、あなたの大切な人が、効果を期待できない危険な治療で亡くなり、それが医療事故ではなく単なる「病死」として処理されていたとしたら、どうしますか?

2018年12月6日午後3時16分。ワセダクロニクルの取材班のメンバーが、東大病院循環器内科のスタッフ紹介のページにアクセスすると、「お探しのページは見つかりません」と表示された。翌7日午後3時現在もその表示のままになっている。表示されなくなった理由について東大病院に問い合わせをしたが、回答の締め切り時間である2018年12月7日午前11時を過ぎても回答はない(2018年12月7日午後3時現在)

東京大学病院循環器内科(小室一成教授)で2018年10月7日に41歳の男性が亡くなった問題を受け、厚生労働省が東大病院への聞き取り調査に乗り出すことになった。(関連速報はこちら)

男性が死亡したのは、心臓にカテーテルを入れて、血液の逆流を防ぐ機能が低下した僧帽弁を、特殊なクリップで挟んで修復する最先端治療を受けた後のことだった。その最先端治療は「マイトラクリップ(Mitra Clip)」。心臓の状態が著しく悪い男性へのマイトラクリップ治療は、危険な行為だった。治療中に問題が発生して中止された。前回の「カルテが語る真実」で報じた通りだ。

そんな危険な治療を、東大病院はなぜ強行したのか。

ワセダクロニクルは、治療の中心となった金子英弘医師が循環器内科に所属する医局員に送ったメールを入手した。そこでは金子医師が、東大病院でマイトラクリップという新しい治療法を推進するために必要な症例を、懸命に集めようとしていた経緯が明らかにされている。

医局員へのメール

メールのタイトルは「Mitra Clipの導入につきまして(7月後半から8月頃)」。2018年1月31日午後8時48分に送信された。

「昨日、アボット社担当者が当院を訪れ、5月26日・27日にFoundation Trainingを行い、7月後半から8月頃に当院でMitraClipを開始する目処がつきました」

「アボット」とは、マイトラクリップを製造販売している医療機器メーカーのことだ。アボットが、マイトラクリップの使い方を5月26日と27日に教え、7月後半から8月には東大病院で治療を始められる見通しになった。このメールはその内容を伝えている。

「適応基準は、有症候性MR3+or4+でLVEF≧30%の症例となります。治験プロトコルの関係でLVEF<30%の症例が適応外となったのは残念ですが、是非とも当院でこの治療を積極的に進めていきたいと考えております」

金子医師はこの部分で、マイトラクリップ治療の対象となる症状を明示した。 メールには専門用語も並ぶが、「有症候性MR3+or4」とは、僧帽弁の不調で起こる血液の逆流の程度を指す。「LVEF」というのは、心臓の左心室から出ていく血液量を示す。この血液量が心臓から血液を押し出す力のことで、その力加減が数値で表される。

一つの指標となるのが「30%」だ。 このメールのポイントは、血液を押し出す力が「30%未満」の患者は、マイトラクリップ治療には適さない、ということを、金子医師がこのメールではっきりと書いている点だ。マイトラクリップの保険適用も30%以上の患者と定められている。 ところが、死亡した男性の値は17%だった(*1)。

なぜ、適用外の男性にマイトラクリップ治療を行なったのか。

そのヒントは、同じ年の5月17日に再び医局員に出したメールにある。

金子英弘医師が2018年5月17日に循環器内科の医局員に送ったメール。マイトラクリップ治療の対象患者を集めるのに「苦戦」しており、「非常に厳しい状況」と綴られている。対象の患者はLVEFが30%以上であることも改めて周知している

候補症例数「非常に厳しい状況」

メールのタイトルは「MitraClip候補症例集めのご協力のお願い」。5月17日の午後5時4分に発信されている。 金子医師はまず、マイトラクリップ治療の対象患者が1人しか集まっていないことを打ち明けた。

「MitraClip候補症例については現時点で確定症例がわずかに1例のみと苦戦しております。7月から本治療を開始するにあたり、候補症例を最低7例ストックする必要があり、非常に厳しい状況です」

東大病院でマイトラクリップ治療を本格化するためには、最低でも7人の患者を確保しておきたいと金子医師は考えていたようだ。しかし、治療可能な患者はまだ1人しか確保できていない。金子医師は焦っていたようだ。

「先生方に於かれましては、日々ご多忙の折、このようなお願いばかりで誠に恐縮ではございますが、MitraClip候補症例集めにお力添えを賜れば幸甚です。どうかよろしくお願い申し上げます」

遅れとった東大病院 / 「上司の指示、あったのでは」

金子医師の焦りの背景について、東大病院循環器内科の現状を知る都内の内科医は、こう語る。

「東大は心臓の弁のカテーテル治療で遅れをとっていました。早く症例数を増やせと上の人にいわれていたのではないでしょうか」

マイトラクリップの効果や安全性を承認前に調べる治験は、心臓のカテーテル治療に実績のある6病院で行われた。東大病院の名はそこにはない。マイトラクリップが保険適用となった4月以降、先駆的な病院が患者数を増やしていく中で、東大病院は水をあけられていた。

その後、患者はなんとか5人が集まった。東大病院はその5人にマイトラクリップ治療を実施する。それでも金子医師が「最低でも必要」とする7例には届いていない。

そして6例目が、死亡した41歳の男性だった。

男性は、心臓の左心室から出ていく血液量「LVEF」が17%しかなかった。保険適用に必要な30%を大幅に下回っていた。 加えて金子医師は昨年出版した著書で、20%を切る患者へのマイトラクリップ治療について、海外の研究結果などを根拠に「予後は不良と予測せざるを得ない」との見解を示していた。 ところが、金子医師ら東大病院循環器内科の医師たちは、男性が前にいた病院で撮った心エコー動画の「見た目」が30%あったことにした。「見た目」の数値を使って保険適用の基準をクリアした。

しかし、男性にはもう一つの「適用外」があった。

「依存状態ではない」と判断 / 「普通ありえない」

男性は、強心薬「カテコラミン」の点滴が欠かせない状態にあったのだ。

カテコラミンを使わないと心臓の機能を維持できない状態を、カテコラミン依存と呼ぶ。 男性のカルテには「もともとカテコラミン依存の低心機能の方」とはっきりと書かれている。 カテコラミン依存の患者は、LVEF30%未満の患者と同じく、マイトラクリップ治療の保険適用外となる。

それにもかかわらず、治療に踏み切った。 カルテによると、同じ循環器内科の波多野将医師が往診で「依存状態ではない」と判断したからだ。波多野医師は、金子医師と共に男性を担当した。

男性はカテコラミンが欠かせなかったのに、マイトラクリップの治療前だけ使わなくて済む状態になったのか。そんなことがありえるのだろうか。 都内の循環器内科医はいう。 「それは不自然です。使い続けていたカテコラミンを突然に止めるのは危険で、そんなことは普通ありえません」

波多野医師はなぜ「依存状態ではない」と判断したのだろうか。 波多野医師にメールで質問状を出した(*2)。いまだに回答はない(*3)。

留学で学んだ担当医 / 「匠の技」より「医療機器」

亡くなった男性を担当した金子医師は、最先端医療のマイトラクリップ治療を留学したドイツで学んだ。金子医師はそのことを、福岡市であった講演など、折に触れて語っている。

ドイツでの経験が、医師としての姿勢に影響を与えたようだ。

自著『The ヨーロッパ医学留学 7カ国を完全制覇! 11人の若手医師たちがホンネで語る熱き挑戦のすべて』(メディカ出版、2016年)では次のように書いている。

「例えば、日本の医者って合併症を起こさないように、ありとあらゆる可能性を想定して、いろいろな準備にものすごく時間を割くじゃないですか。これが『100%じゃなくて95%ぐらいでいいんだよ』とすれば、必要な時間をかなり減らせると思うけれど、絶対にしない。でもドイツ人のカテの手技とかを見ていると合併症は注意しても一定の確率で起こっちゃうよねという考えかたで、日本人ほど完璧さへの執着はないように思います」

「合併症が起きて落ち込んでいるかと思ったら、『デバイスの限界だ』と言う。日本だと何か合併症が起きると、自分の技術が足りなかったのではないかと反省することが多いので、初めはカルチャーショックを受けました。ただ、(ドイツ人の)そういう考え方がデバイスの改良や開発につながるとも思うんです。そして、結果的には、個々の医師の技術の向上とデバイスの改良の相乗効果が生じます。日本人だと、弘法筆を選ばずで、匠の技を磨きがちですからね」

金子医師はドイツ留学を終え、2018年1月から東大病院循環器内科に迎えられる。循環器内科のトップは小室一成教授(*4)だった。医局員たちに、東大病院でマイトラクリップを推進したいという意欲をメールで伝えたのは、就任早々の1月31日だった。

 

留学先のドイツの病院で、マイトラクリップ治療を行う男性医師(左)と金子医師。出典:金子英弘『急速展開する僧帽弁閉鎖不全症治療のカッティングエッジ Mitra Clipと新たなカテーテル治療が切り開く未来像』(メディカ出版、2017年、88頁)

=つづく

これまでの記事一覧。

(2018.11.26)【速報】東大病院で心臓治療の患者が術後16日で死亡、院内からもミス指摘の声 / 医療事故調に届け出ず、「病死・自然死」で処理

(2018.11.30)カルテが語る真実 — 検証 東大病院 封印した死(1)

(2018.12.6)【速報】厚労省が東大病院を聞き取り調査へ / 厚労省「特定機能病院として望ましいものかどうか判断

関係者へのインタビューは以下の動画からご覧いただけます。

【動画】担当医師へのインタビュー

【動画】東大病院の循環器内科のトップ、小室一成教授へのインタビュー

<脚注>

*1 死亡した患者のカルテ。

*2 2018年11月27日午前10時22分。

*3 2018年12月7日正午現在。

*4 日本循環器学会の代表理事。博士(医学)。1982年東京大学医学部医学科卒業。製薬大手ノバルティスの高血圧治療薬ディオバンの効果を調べた臨床研究の論文不正問題では、千葉大の調査委員会から、研究責任者だった小室一成氏(当時は千葉大)が虚偽の説明をしていたと認定された。調査委は東大側に処分を求めるように促したが、東大は「処分権限がない」として処分を見送った。出典:小室一成「再任のご挨拶-20年後を見据えて」2018年7月31日、日本循環器学会ウェブページ(2018年12月6日取得、http://www.j-circ.or.jp/gaiyou/greeting.htm)。朝日新聞2014年7月16日付朝刊「千葉大元教授の虚偽説明を認定 ディオバン論文不正」。読売新聞2016年8月16日付朝刊「東大教授の論文取り消し」。読売新聞2014年10月21日付朝刊「千葉大教授 戒告 ディオバン問題」。池田宏之「『小室氏処分の権限なし』、東大と千葉大 東大が『研究不正なし』の報告書、言い分食い違いも」2015年4月2日、医療専門サイト「m3.com」ウェブサイト(2018年12月7日取得、https://www.m3.com/open/iryoIshin/article/309029/)。

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