逃げる責任者 ── 隠された乳がんマネー(10)

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中外製薬の抗がん剤「ゼローダ」 の臨床試験に、当の中外製薬からカネが出ていた。臨床試験を実施した医師グループは、その事実をなぜ隠していたのか。

医師グループの重鎮の一人は、公益財団法人がん研究会有明病院の乳腺センター長、大野真司である。大野は取材に応じず「戸井医師にご確認を」というだけだった。

「戸井医師」とは、京都大学医学部付属病院乳腺外科長で教授の戸井雅和である。

「ゼローダ」の臨床試験の結果は国際的な一流医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に載ったが、戸井はその論文(*1)の責任者だった。

私たちは戸井に話を聞くため、2020年1月27日、京大病院に向かった。

戸井雅和が勤務する京都大学医学部付属病院=2020年1月27日午後5時11分、京都市左京区聖護院川原町 (C)Waseda Chronicle

「アメリカとの差を埋めたい」エリート医

戸井には2019年の12月2日、「多忙」を理由に取材を断られていた。年が明けて再度取材を申し込んでも返事がなかったため、私たちは直接、京大病院を訪れることにした。その経緯は前回の「戸井医師にご確認を」に詳しく書いた。

患者さんの診療に迷惑をかけるわけにはいかないので、私たちは診療がすべて終わるまで戸井を待った。

戸井とはどんな人物なのだろうか。

2017年10月の医療ウェブメディア「メディカルノート」(*2)を要約すると、こんな医師だ。

── 病弱な幼少期を過ごし「自分は医療のおかげで生きている」と思うようになった。小学校の卒業文集には「将来は医者になる」と書いた。

1982年に広島大学医学部を卒業し、腫瘍外科の道に進む。当時は「あと10年で、人間ががんを克服する」と言われており、興味を持った。

1987年からは九州がんセンターに勤めた。乳がんの著名な医師がそろっていた。「乳がんのプロフェッショナルになりたい」。そう決心した。乳がんについての本や医学雑誌を片っ端から読み漁った。

1990年からオックスフォード大に、2000年からはハーバード大に留学した。オックスフォード大では、研究テーマの設定から開始までのスムーズさに驚いた。ハーバード大では理想的な臨床研究を日本で行うのは、まだ遠い出来事のように思えた。このギャップを埋めたいと考えた──

そんな真摯な医師だったら、臨床試験に中外製薬のカネが紐付いていたことを論文に記載しなかった理由を、きちんと答えてくれるだろうと期待した。

戸井の診療が終わるまで、3時間待った。

「増田先生に聞けばいい」

【動画】戸井雅和・京大教授インタビュー

待合スペースに出てきたところで、声をかけた。

戸井は一瞬、立ち止まった。

「ワセダクロニクルです、臨床試験の件で来ました」

戸井は私たちに背を向けで歩き出した。私たちは追いすがって質問した。

── 中外製薬のカネが臨床試験に紐付いていたことを始めから知っていたのですか?

──「 ニューイングランドジャーナル・オブ・メディスン」誌に、臨床試験には中外製薬からのカネが入っていたことを申告し直す必要があるのではないでしょうか?

すると、こんな答えが返ってきた。

「コメントするつもりはありません」

戸井は早歩きになったが、突然立ち止まった。私たちがICレコーダーで録音していることに気が付いたのだ。

「なんで録音なんかするんだ。勝手に録音するのはやめてもらえませんか」

── これは取材です。大野先生から、戸井先生に聞いてくれといわれたのです。

「増田先生に聞いてください」。戸井はそういった。

「増田先生」とは、国立病院機構大阪医療センター乳腺外科長の増田慎三のことだ。同じ臨床試験に参加し、論文の共著者でもある。

しかし論文の責任者は戸井だ。にもかかわらず戸井は質問に答えず、増田に押し付けた。

その4日後、私たちのところに、京大病院長の宮本享から文書が届いた。

(敬称略)

=つづく

【脚注】

*1 問題の論文”Adjuvant Capecitabine for Breast Cancer after Preoperative Chemotherapy“に記載された執筆者は以下のとおり。日韓の医師グループで発表された。戸井雅和教授は、論文の最後に名前を記載された、いわゆる「ラスト・オーサー」で、国際的な学術論文では一般的に研究の責任者やリーダーを指す。Norikazu Masuda, Soo-Jung Lee, Shoichiro Ohtani, Young-Hyuck Im, Eun-Sook Lee, Isao Yokota, Katsumasa Kuroi, Seock-Ah Im, Byeong-Woo Park, Sung-Bae Kim, Yasuhiro Yanagita, Shinji Ohno, Shintaro Takao, Kenjiro Aogi, Hiroji Iwata, Joon Jeong, Aeree Kim, Kyong-Hwa Park, Hironobu Sasano, Yasuo Ohashi, Masakazu Toi.

*2 メディカルノート「京都大学大学院医学研究科・医学部 乳腺外科学教授 戸井雅和先生」、メディカルノートウエブサイト(2020年3月4日取得、https://medicalnote.jp/doctors/171011-004-JP)。

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