重症患者に効く安くて古いホルモン薬──コロナ世界最前線(10)

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新型コロナウイルスにはかからないのが一番ですが、発病してしまった場合の治療法はどうなるのでしょうか。治療薬の開発競争が世界各地で繰り広げられていますが、日本発のアビガンや米トランプ大統領が勝手に推奨している抗マラリア薬など、期待ばかり先行して効果がなかなか証明されない薬がいろいろあります。

有効性が証明されたベクルリー(一般名:レムデシビル)は、入院期間が4日程度短くなる御利益に対し、米国では5日分で約25万円にも及ぶ値段が付けられました。日本では今のところ無償提供が続けられていますが、どこかの時点で薬価が付けば同じくらいの値段になると思われます。この薬を開発した会社は1年間で2000億円以上も儲かりそうだという予測もあり、米国を始めとする一部の国での買い占めが問題になっています。

そのような中、重症患者が死亡するリスクを減らせる安価な薬があることが分かり、世界中で大きな話題となっています。

それを証明したのは、オックスフォード大学などの英国のグループが実施した大規模ランダム化比較試験の予備的結果です。米ニューイングランド医学誌(NEJM)のオンライン版に「Dexamethasone in Hospitalized Patients with Covid-19 ― Preliminary Report」のタイトルで7月17日に掲載されました。

免疫の暴走を止める薬

今回の臨床研究で使われたのは、デキサメタゾンというホルモン薬です。炎症を鎮め免疫を押さえ込む効果があります。

感染症と戦う免疫を抑え込むのですから逆説的です。しかし、新型コロナ肺炎では免疫が働きすぎて肺が傷つけられることで、呼吸する能力が低下し重症になると考えられています。そのような免疫の暴走を止めるのが、このホルモン薬の効果です。

この研究では、176の施設と3千人以上の医療従事者が参加し、たった8週間で約1万1千人もの患者さんが臨床試験の候補として集められました。英国の患者さんの約15%にあたります。しかも計画に着手してから試験開始までわずか9日しかかかっていないとのことです。このようなスピード感と一丸となって課題に取り組む姿勢は、日本の医療関係者も見習わなければなりません。

そして、各種の条件に合致した約6千400人が2つのグループにランダムに分けられました。約4千300人は通常の治療のみ、もう一方の約2千100人は通常の治療に加えデキサメタゾンを使う治療を受け、その治療結果が比較されました。

2つのグループでの死亡率の違いの有無を証明するのが主な研究目的です。この点は、単に入院期間の違いが証明されたベクルリー(一般名:レムデシビル)の研究との大きな違いです。薬の意義をより直接的に証明した研究だと言えるでしょう。

重症患者の死亡率を数割減らせる

その結果、研究開始から28日以内にお亡くなりになった方の割合は、デキサメタゾンを使うことで約26%から約23%に減りました。この数字だけ見ると、たったそれだけかと思われるかもしれませんが、画期的な成果として世界中で称賛されています。

特に注目されるのは重症度によって効果に差が見られたことです。人工呼吸器で管理されるような重症患者さんでは、死亡率は約41%に対し約29%となりました。また、人工呼吸器まで行かなくても、酸素吸入が必要な中等症程度の患者さんでも、約26%から約23%に減少しました。すなわち、このホルモン薬を中等から重症の患者さんに使用することで、死亡率を数割程度は減らせる見込みになると計算されたのです。

一方、酸素投与までは必要としない軽症患者さんでは、明確な効果は認められませんでした。つまり、新型コロナ感染が分かったからといって、やみくもに使っても意味はなく、患者さんの状態をきちんと見極めた上で使う薬と言えるでしょう。

実際、デキサメタゾンは効果があるのは間違いありませんが、いわゆる諸刃の剣です。高血圧や糖尿病の悪化、種々の感染症、胃潰瘍や骨粗鬆症など多くの副作用があります。副作用のリスクも十分承知の上で、使い時や使い方が上手に出来るか否かが医者の腕の見せ所となる薬です。

今回の結果は早速、日本の公式な診療の手引きにも取り入れられました。

金儲け目的ではない医薬品の研究

デキサメタゾンは、最先端のバイオテクノロジーを駆使したスゴイ薬なのかと思われるかもしれませんが、実はそんなことはありません。古くからあるホルモン薬の一種で、日本でも昔から使われています。私自身も20年以上前の研修医時代から、しばしば処方していた平凡な薬です。

特許も当然ながらとっくの昔に切れており、非常に安価です。今回の英国の試験では1日1回6 mgが使われましたが、日本での価格は6 mgだと約60円です。使用期間は最長10日間とされており、最大限に使用しても600円にしかなりません。製薬会社はほとんど儲かりませんが、この結果は高価な治療は難しい発展途上国の患者にとっても大きな福音となりました。

1937(昭和12)年に英国人作家のA・J・クローニン(1896―1981)が発表した「城砦(The Citadel)」という長編小説をご存知でしょうか。残念ながら日本語翻訳版は絶版となっていますが、原書は電子書籍としても手軽に入手可能です。

主人公の医者が一時的に富裕層相手の金もうけ主義に走るものの、相手が貧困層でも必要な医療を届けることの大切さに目覚め改心するという筋書きで、当時世界的にも大きな影響を与え全米図書賞も受賞した名作です。

この小説は、日本の国民皆保険にも似た英国の国営医療サービス事業(National Health Service, NHS)が1948年に設立された背景にもなったと言われています。患者の自己負担は少なくし、経済的な状況にかかわらず必要な医療が受けられるようにしようという理念をNHSは持っているのです。

英国の医療制度にも様々な欠陥はありますが、このNHSの伝統が、今回のお金儲けにはならない研究にも受け継がれていると私は見ています。実は、今回のデキサメタゾンの臨床試験は、このNHSの組織が実施の柱となっています。採算が取れないので営利企業は手を出さないけれども、患者さんの診療を進める上で重要な課題に取り組めた理由はここにあります。国民が医療費を払えず破産してもお構いなしで、高額な新薬をバンバン開発して製薬会社が大儲けする、資本主義の原理優先の米国とは対照的な面があることは、是非知っておいていただきたいと思います。

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  • 谷本哲也(たにもと・てつや)
    1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。鳥取県立米子東高等学校卒。内科医。1997年、九州大学医学部卒。ナビタスクリニック川崎、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会にて診療。霞クリニック・株式会社エムネスを通じて遠隔診療にも携わる。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所に所属し、海外の医学専門誌への論文発表にも取り組んでいる。ワセダクロニクルの「製薬マネーと医師」プロジェクトにも参加。著書に、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館)、「生涯論文!忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂)、「エキスパートが疑問に答えるワクチン診療入門」(金芳堂)がある。
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