ネアンデルタール人の遺伝子と重症化──コロナ世界最前線(7)

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新型コロナのパンデミックで不可思議な謎の一つは、国や地域ごとに死亡率が大きく異なることです。欧米などでは甚大な死亡者数が出ていますが、日本を含むアジア地域では比較的少ない被害で済んでいます。日本のコロナ対策の国際的な評判は残念ながら芳しくありませんが、アジアで死亡率が低い理由については諸説あります。

アジアで死亡率が低い三つの要因

アジアで死亡率が低い理由は、大きく3つに分けることができます。ウイルスの要因、環境的な要因、そして感染するヒト側の要因です。今のところ、どれか一つの決定的な要因が見つかったわけではありません。おそらく3つの要因が複雑にからみあって死亡率の地域差になっているのでしょう。

ウイルスの要因として挙げられているのは、遺伝子によるタイプの違いです。新型コロナウイルスは、RNAと呼ばれ設計図として働く遺伝物質が約3万個連なっています。このRNAの並びを各地域で詳しく調べると、数種類のタイプに分類することができると言われています。欧米とアジアでは主に流行っているタイプが異なっており、そのために同じ新型コロナ感染でも症状の出方が違うのかもしれない、というのです。

環境的な要因としては、マスクや手洗い、ヒト同士の接触の仕方など生活習慣の違いが影響することは容易に想像できます。気温や湿度、紫外線、人と接触する職種、住環境、人口密度、人口移動の程度などとの関係ついても検討が進んでいます。貧富の差も影響しますし、当然ながら医療へのアクセスや医療レベルも大切な問題です。

感染するヒト側の要因はどうでしょうか。年齢が高かったり、免疫力が低くなる病気を持っていたりすると、重症になりやすいことは間違いありません。また、女性より男性の方が重症化しやすいと言われています。しかし、それだけでは地域差を説明できません。可能性として、アジア地域ではBCGワクチン接種者が多く免疫力が訓練されていた、あるいは、新型に似た別のコロナウイルスが過去に流行っていて多くのアジア人がすでに免疫を持っていた、という仮説も唱えられています。

そして注目を集めているのが、ヒト側の要因での新たな説です。人間の設計図、すなわち遺伝子の違いも影響しているというのです。

重症化率が3倍になる遺伝子

新型コロナウイルスにかかった場合、ある人は無症状、別の人は人工呼吸器につながれるほど重症の肺炎になる理由は何か。イタリアとスペインで重症肺炎になった人とならなかった人の遺伝子を比べる研究が行われた結果、2種類の遺伝子がその候補として報告されました。

1つは第9染色体にあるABOの血液型に関係する遺伝子ですが、こちらはそれほど関係ないという別の研究結果も出ています。

新型コロナの重症化との関係が濃厚な遺伝子は、ウイルスが細胞の中に入ったり、免疫が反応したりする時に関係する遺伝子の近くにあり、第3染色体の一部分に位置しています。この遺伝子を2セット持っていると、持っていない人に比べて新型コロナで重症化する率が3倍になると言われています。今のところ、なぜこの遺伝子があると重症化するのか、その他の病原菌とはどう関連するのかなど、詳細な理由はまだ分かっていません。

そして驚くのは、この第3染色体にある遺伝子がネアンデルタール人に由来するという研究結果があることです。正式に評価された論文になる前のプレプリントという原稿段階で、インターネットの専用サイトに7月3日に発表されました。タイトルは「The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neandertals」というもので、ドイツのマックス・プランク研究所、スウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者の仕事です。

著者の1人はスヴァンテ・ペーボ教授で、2010年にネアンデルタール人の全ゲノム(細胞の中の遺伝情報全体)解読に成功したことで有名な人類学のスター研究者です。ネアンデルタール人は数万年前に絶滅した化石人類ですが、現生人類のゲノムの一部にネアンデルタール人の遺伝子が残っていることを明らかにし、大きな話題を呼びました。ペーボ教授はこの5月から、沖縄科学技術大学院大学でも併任しています。

東アジア、アフリカではほとんどない遺伝子

ペーボ教授らの研究では、新型コロナの重症化に関係する第3染色体にある遺伝子と、各地の絶滅人類から抽出されたゲノムとの照合が行われました。

その結果、問題の遺伝子はネアンデルタール人の遺伝子に類似しており、約4~6万年前に現生人類のゲノムに入ってきた可能性が高いことが分かりました。しかも、クロアチアで発掘されたネアンデルタール人の遺伝子です。

過去の研究で、現生人類との関係はクロアチアのネアンデルタール人で強く、他の地域にいたネアンデルタール人では弱いことが分かっているので、今回の発見とも辻褄が合います。

ではネアンデルタール人に由来し新型コロナの重症化に関係する遺伝子は、現代では世界のどこで多く見られるのでしょうか。研究グループは、世界各地の現代人のゲノムとの比較も行いました。

興味深いことに、この遺伝子は東アジアとアフリカではほとんど見られませんでした。

多かった地域は南アジアの30パーセント、続いてヨーロッパの8パーセント、アメリカの4パーセントです。南アジアの中でもバングラデシュで最も頻度が高く、人口の63パーセントが少なくとも1セットの遺伝子、さらに13パーセントは2セットの遺伝子を持っていました。

通説では、約6万年前に現生人類の祖先はアフリカを出発し、ヨーロッパ、アジア、オーストラリア各地に広がっていったと考えられています。その過程で一部の現生人類のゲノムに入ったネアンデルタール人の遺伝子が、今回のように地域ごとに異なって分布した理由はなぜでしょうか。仮説の一つとして、各種病原菌の過去の流行状況が地域ごとに違うことが影響したのではと考えられており、このような過去の人類史が新型コロナのパンデミックにも関係しているというわけです。

700万年と言われる人類進化の過程で、さまざまなウイルスなどの病原菌との出会いが人類史を形作ってきました。その一端を解明したのが今回の研究です。ご興味をお持ちの方は「ネアンデルタール人は私たちと交配した」(スヴァンテ・ペーボ著、文藝春秋)も是非ご一読ください。

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  • 谷本哲也(たにもと・てつや)
    1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。鳥取県立米子東高等学校卒。内科医。1997年、九州大学医学部卒。ナビタスクリニック川崎、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会にて診療。霞クリニック・株式会社エムネスを通じて遠隔診療にも携わる。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所に所属し、海外の医学専門誌への論文発表にも取り組んでいる。ワセダクロニクルの「製薬マネーと医師」プロジェクトにも参加。著書に、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館)、「生涯論文!忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂)、「エキスパートが疑問に答えるワクチン診療入門」(金芳堂)がある。
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