「重症化遺伝子」から「雲南省のコウモリ」まで5つの謎──コロナ世界最前線(8)

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2500年前、古代ギリシアのアテナイで、住民の4人に1人に相当する10万人近くが疫病で亡くなりました。アテナイとスパルタのペロポネソス戦争中のことでした。歴史家のトゥキディデスの戦史によると、あまりに死亡者が多いので、遺体が埋葬されず放置されたり、寺院に山のように積まれたりしたそうです。

興味深いのは、疫病にかかったあと回復した人たちが病人を介護していたことです。一度かかれば、再び疫病にかかることはないと分かっていたからです。免疫という考え方を、当時のギリシア人はすでに経験的に持っていたのです。

しかし、アテナイの疫病の正体は謎です。原因となった病原菌はいまだ突き止められていません。

疫病が人類にとって謎であることは、2500年を経た今も同じです。病原菌が新型コロナとすぐに同定され、発生から半年が経ち多くのことが分かってきたとはいえ、まだまだ残された謎は少なくありません。

今回は「Six months of coronavirus: the mysteries scientists are still racing to solve」のタイトルで、英科学誌ネイチャー(Nature)7月9日号に掲載された5つの謎について、私見を交えながらご紹介しましょう。

第1の謎:なぜ症状が人によって大きく違うのか?

新型コロナの症状は人によって大きく異なります。無症状で済む人もいれば、急に呼吸困難に陥り亡くなってしまう人まで様々です。6月までの半年で新型コロナ感染が確定したのは世界で1千万人以上、亡くなったのは50万人以上に及びます。

しかし、地域ごとに死亡率が大きく異なっています。前回ご紹介した通り、その原因として注目されているのは一人ひとりの遺伝子の違いです。マラソンを走るほど元気だった人が、新型コロナで人工呼吸器を使うほど突然重症化する例があり、そのような人は重症化しやすい遺伝子を持っていると想定され、研究が進められています。すでに新型コロナの重症化に関係する、いくつかの候補遺伝子が同定されています。

第2の謎:免疫力の質と持続期間は?

新型コロナでどれくらい強い免疫力がついて、どの程度の期間続くのかは、まだ十分に分かっていません。

免疫の一種に「中和抗体」があります。ウイルスのタンパク質にくっついて感染を防ぐ役割を果たす免疫です。日本でも注目を集めている「抗体検査」は、この中和抗体を測定したものです。

しかし中和抗体の量は、新型コロナ感染後の数週間は高く維持されますが、その後はすぐに減り始めてしまいます。

ただ、免疫の仕組みは中和抗体だけではありません。その他のタイプの免疫もあり、感染を防ぐ、もしくは感染しても症状を抑える防御免疫は、数ヶ月以上は続くと予想されています。この辺りの研究がもっと進めば、抗体検査の使い方やワクチン開発に役立てられそうです。

第3の謎:変異した新型コロナウイルスの毒性は?

ウイルスの特徴は、遺伝子が短期間で変化し続けることにあります。その結果、同じウイルスでも、毒性が強くなったり弱くなったりすることがあり、新型コロナも同様です。この「変異」と呼ばれる遺伝子の変化と毒性との関係について、専門家の調査が続いています。もし毒性が弱まれば普通のかぜレベルで落ち着くかもしれませんし、強くなればさらに強力な対策が必要とされます。

また、開発中のワクチンにも変異は関係します。ワクチンで免疫力を強化しても、その免疫から逃れる変異を起こす可能性があるからです。ただし、多くは何の影響もない変異なので、本当に問題があるかどうか簡単には分かりません。

専門用語で「創始者効果」と呼ばれる現象があります。流行の始まりの時期にたまたま起こった変異が、その後も受け継がれ広まってしまう現象です。変異したウイルスが流行していても、その変異が流行の原因なのか、単なる創始者効果なのか判別が必要になります。

実際、新型コロナでは「スパイク・タンパク」と呼ばれるウイルスに生えたトゲのような部分が変異したタイプが流行しています。その変異が流行にどう関係しているのか、専門家の間でも結論はまだ出ていません。

第4の謎:ワクチンはどれくらい効果がある?

パンデミックをコントロールする唯一の手段として期待されているのがワクチンです。世界保健機関(WHO)が7月21日に発表した新型コロナのワクチンのまとめによると、142種類が実験室レベル、24種類がヒトでの臨床試験に入っているそうです。一般的に、ワクチンの有効性と安全性を証明するためには、数千人から数万人規模の比較試験が必要となります。新型コロナでも実際にワクチンで予防できたのか、発熱など問題となる副反応はどうかなどについて、ワクチンを打った人と打たなかった人で比べなければなりません。

このような大規模な比較試験をする前の段階で、ある程度大丈夫そうならワクチンの一般への使用を認めてはどうか、海外のデータがあれば日本人の試験は省いて使い始めてもいいのではないか、という意見も一部で出ているようです。パンデミックを鎮めるために、見切り発車で使い始めよう、ということです。

しかし、そのようなやり方は危険性が高くあり得ないでしょう。過去には様々なワクチンで副反応が問題となる薬害事件が起こっています。また、子宮頸がん予防のHPVワクチンのように日本特有の事情もあるので、日本人のデータは必要になるでしょう。あまりに拙速な開発は、新型コロナワクチンでも薬害事件につながる危険性が高くなります。

ワクチンの有効性に関しても、重症者は減らせても流行を防ぐほどの力はないかもしれない、という動物実験の結果が示されています。ワクチンによって抗体の量が増えても、どの程度あれば効果が出るのか、抗体の上昇がどれほど続くのかも不明です。逆に抗体が悪影響を及ぼす可能性さえも考えられています。ワクチン開発は、1年から1年半以内で市場に出すことを目標に驚異的なスピードで進められていますが、本当の意味で完成させるまでには改良を続ける必要がありそうです。

第5の謎:新型コロナウイルスの発生源は?

ウイルスの発生源は、おそらくコウモリだと多くの研究者は考えています。特に馬蹄コウモリから2種類の類似したウイルスが同定されており、遺伝子の配列は雲南省のコウモリは96%、マレー半島のコウモリは93%が新型コロナウイルスと同じようです。

このため雲南省のコウモリに由来する可能性が高いと言われていますが、数十年の進化の過程がないと4%の遺伝子の違いは起こりません。そのため、コウモリとヒトとの間に何らかの中間の動物がいるはずとされ、その候補としてジャコウネコやセンザンコウが上がっています。

7月10日には、世界保健機関(WHO)の専門家が、ウイルスの発生源を調査するための専門家を中国に派遣したことが報じられています。アメリカは中国の研究所が原因である可能性を主張し、中国側がそれに反発するなど、発生源に関する議論は科学だけでなく政治問題にまで発展しています。

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  • 谷本哲也(たにもと・てつや)
    1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。鳥取県立米子東高等学校卒。内科医。1997年、九州大学医学部卒。ナビタスクリニック川崎、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会にて診療。霞クリニック・株式会社エムネスを通じて遠隔診療にも携わる。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所に所属し、海外の医学専門誌への論文発表にも取り組んでいる。ワセダクロニクルの「製薬マネーと医師」プロジェクトにも参加。著書に、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館)、「生涯論文!忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂)、「エキスパートが疑問に答えるワクチン診療入門」(金芳堂)がある。
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