【編集長便り】社長がウソをつく「報道機関」との法廷対決 ── 葬られた原発報道(12)

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東京電力福島第一原発の事故から、9年が経ちます。

昨年9月には、原発事故の刑事責任を問う裁判で、東京地裁は当時の東電幹部3人に無罪を言い渡しました。

しかし、原発問題をこれで終わらせることはできません。ワセダクロニクルはこの「葬られた原発報道」のシリーズで引き続き、朝日新聞の原発「吉田調書」記事取り消し事件で何があったのか報じていくつもりです。

今回は、この記事取り消し事件をめぐる裁判についてお伝えします。

判決は3月23日、東京地裁で

裁判の原告は、取材班の中心だった木村英昭さん(現ワセクロ編集幹事)です。被告は、朝日新聞社。

木村英昭さんが2018年3月に提訴しました。訴因は名誉毀損ですが、木村英昭さんの目的は、朝日新聞社に「記事取り消しを取り消させる」ことです。

裁判には、同じく吉田調書取材班の主力だった宮崎知己さん(現月刊「FACTA」編集人)も陳述書を提出しました。その中で宮崎さんはこう主張しています。

「吉田調書には国や東電が隠している事実が多く含まれ、(原発事故への対応の)反省材料が凝縮しているという思いは今も変わらない」

判決は2020年3月23日午後1時10分、東京地裁712号法廷で言い渡されます。以下、これまでの原告と被告の応酬を振り返ります。

ジャーナリストへの「死刑宣告」

裁判で原告の木村英昭さんは「吉田調書報道の取り消しは、筆者のジャーナリストとしての名誉を傷つけた」と主張しました。記事を取り消されるのはジャーナリストにとっては「死刑宣告」だといいました。

その重大性を示す例として、木村英昭さんは戦後すぐに朝日が取り消した「伊藤律架空会見」を挙げています。朝日の記者が、指名手配中の共産党幹部、伊藤律に兵庫県の山中でインタビューしたという架空の記事を書き、掲載されました。完全な「捏造」です。事実が判明した後、朝日新聞社は記事を取り消しました。

それに対し、吉田調書報道は事実そのものです。

木村英昭さんたちの記事には「所長命令に違反 原発撤退」とあります。福島第一原発の職員が、吉田昌郎所長の待機命令に反して職場を離脱した、という内容です。

そう記述した根拠を、木村英昭さんはこう説明しています。

  • —【所長命令】あの事故のさなか、東電のテレビ会議システムが動いていて、第一原発や東電本店、新潟の柏崎刈羽原発などで会話が共有されていた。柏崎刈羽原発の所員がその会話をメモしていた。そのメモのなかに、吉田昌郎所長が福島第一原発の所員に対して、第二原発への撤退ではなく、そのまま第一原発に待機するよう、所内のマイクを通じて命じたことが記録されていた。「待機命令」は「吉田調書」の記述どおり、間違いなく出ていた。
  •  
  • —【撤退】9割の所員が第二原発に撤退してしまい、第一原発で対応にあたる人がほとんどいなくなった。撤退後、第一原発正門付近で毎時1万1930マイクロシーベルトを記録し、その後も、高い放射線量が継続的に放出された。
  •  
  • —【違反】吉田所長の待機命令に反し、所員の多くが第二原発に撤退した。しかも、第二原発に行った所員たちの8割以上は翌日の3月16日になっても戻ってきていない。それは東電テレビ会議に記録されている。

朝日の「重大な事実誤認」

これに対して朝日新聞側は次のように主張します。

  • —「所長命令に違反 原発撤退」という見出しは、多くの所員が所長の命令を知りながら第一原発から逃げ出したような印象を与える間違った表現だったため、記事を取り消した。
  •  
  • — このような誤った表現になったのは、吉田所長の命令が所員に伝わっていたかどうかを確認する作業が不足していたためだ。所員が第二原発に退避したのは、命令が所員に伝わっていなかったためであり、そのことを原告が把握できなかったからだ。

しかし、朝日は重大な事実誤認をしていました。

木村英昭さんは裁判で、記事が出るまでの経緯を次のように説明します。

  • — 記事執筆前の取材で、吉田所長の命令を聞いていたのに第二原発に行った所員がいたか確認した。命令は伝わっていなかった。
  •  
  • — そのため、「意図的に逃げた」という表現は使わず「命令違反撤退」という記述にした。

朝日側は、吉田所長の命令が所員に伝わっていなかったことを取材班が「確認しなかった」から、「命令違反撤退」という表現になった、と思い込んでいたようです。

どうやって「読者の印象」を測ったのか?

朝日側は裁判中、記事取り消しの理由として「読者に間違った印象を与えた」ことを強調しました。しかしそれは以下に述べる通り、事実と異なります。

  • — 朝日は2014年8月いっぱいまで、吉田調書報道を高く評価していた。新聞協会賞に応募したり、翌年度の会社案内で吉田調書報道をアピールしたりした。
  •  
  • — ところが同年9月に入ると記事への評価は激変し、2週間足らずの9月11日に記事を取り消した。判断を180度覆す根拠となる「読者の印象」をどうやって測ったのか。

記事を取り消す最大の根拠となる「読者の印象」を、どういう方法で調べたのか。朝日は、この疑問に答えていません。

わずか8行の報告

実は2014年8月29日、朝日新聞の「池上彰の新聞ななめ読み」のコラムが載ることになっていました。従軍慰安婦問題に関し、吉田清治氏がした虚偽証言記事を朝日新聞が取り消したことについて「慰安婦報道検証 訂正、遅きに失したのでは」というものでした。ところが朝日はこの記事を不適当とし、掲載しないことを決めてしまったのです。この決定は社内で大きな反発を呼びました。

結局、朝日は池上さんに謝罪し、コラムはのちに掲載し直すことになります。

2014年9月12日の朝刊1面は、トップ記事が「吉田調書記事の取り消し」報告だったのに対して、池上コラム不掲載についてはその経緯をわずか8行で報告しただけでした。

池上コラムの不掲載を決めたのは社長の木村伊量さんでした。社長を守るためには池上コラム不掲載事件を小さく見せなければなりません。そのために吉田調書報道を「生贄(いけにえ)」で差し出し、大きく扱ったというのが原告側の見方です。

朝日側は「池上コラムの批判をかわすため、別の記事を取り消すことなどあり得ない」と否定しました。本当にそうでしょうか?

社長の木村伊量さんは、当時の記者会見で池上コラム不掲載の判断について問われ、こう答えています。

「編集担当の判断に委ねた」

「編集担当」とは編集部門のトップの役職で、当時は杉浦信之さんでした。ところが木村伊量さんは、朝日新聞社の社長を退任後、雑誌『文芸春秋』2018年2月号に寄せた手記で次のように書きました。

「一読して『役員全員で検証記事のトーンを決めたのに、『おわびがない』という一点をもって検証記事の意味はなかったと言われ、読者の不信を買うようなら、ぼくは責任をとって社長を辞めることになるよ』と、かなり厳しい調子でコメントしたと記憶しています」

木村伊量さんは、「社長を辞めることになる」「かなり厳しい調子でコメントした」といったことを自ら認めているのです。記者会見でいったのは「感想を述べただけ」です。

つまり、社長の木村伊量さんは記者会見ではウソをついていたのです。

原告の木村英昭さんは裁判でこう批判しました。

「池上コラム不掲載問題については、社長が満天下に向かって真実でないことを平然と述べるという、ありえないことが起こった。記事の取り消しに影響を与えていないはずはない」

194人の弁護士の言葉

今回の裁判は、原告の木村英昭さん個人が名誉を傷つけられたため、110万円の損害賠償を求めるという体裁を取っています。

被告である朝日側は「朝日新聞社として吉田調書報道の誤りを認め、記事を取り消して謝罪しただけ」と主張します。木村英昭さん個人の名誉を傷つけたかどうかは関係がないという立場です。

吉田調書事件を取材した記者の木村英昭さんや宮崎知己さんらは懲戒処分を受けています。しかし、記事の見出しをつける整理記者や、その日の紙面に責任を持つ「当番編集長」はお咎めなしです。

一部だけを処分しておいて、裁判では「朝日新聞社として」の責任を強調するのは矛盾しています。

原発事故に強い関心を持つ弁護士たちは、朝日の記事取り消しに不信感を抱きました。記事を「原発事故の絶望的な状況を伝えている」と評価した上で、朝日に記者の処分反対の申し入れをしました。その数は194人に上っています。

「現場で知る権利への奉仕、真実の公開のため渾身の努力を積み重ねている記者を萎縮させる結果をもたらすことは明らかです。そのことはさらに、いかなる圧力にも屈することなく事実を公正に報道するという報道の使命を朝日新聞社が自ら放棄することにつながり、民主主義を重大な危機にさらす結果を招きかねません」

民主主義に必要なジャーナリズムをどう守るか。この裁判ではそのことが問われています。

=つづく

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